「6月の花嫁は幸せになれる」といわれるジューンブライド。

誰にでも平等に幸せをもたらしてくれる「結婚にまつわる映画」を、
シネグラならではの視点でピックアップしてみました!


ブルー・ハワイ(1961年公開)
Blue Hawaii



ハワイで結婚式を挙げたいカップル必見のエルヴィス・プレスリー主演作!
ALOHA!
6月はウエディングシーズン!筆者の住むハワイは、日本からのカップルで連日にぎわい、ワイキキではウエディングドレス姿の花嫁を頻繁に見かけます。
そんな幸せいっぱいのハワイで結婚するカップルに是非観てもらいたい映画がエルヴィス・プレスリー主演の「ブルー・ハワイ」(1961年)です。
いわばハワイ観光ガイドのようなこの映画のラストで、エルヴィス扮するチャドが恋人のメイル(ジョーン・ブラックマン)と、ハワイ古式のウエディングスタイルで結婚式を挙げます。南国情緒たっぷりのこのロマンティックなシーンが撮影されたのはガーデンアイランドと呼ばれる緑豊かなカウアイ島にあるココパームスホテルです。このホテルの近くにあるワイルア川の上流には有名なシダの洞窟があります。ここは、王族たちが結婚式を挙げた聖地として知られています。
映画「ブルー・ハワイ」の大ヒットによって、ココパームスホテルは、結婚式を挙げるカップルが押し寄せて大人気でしたが、1994年にカウアイ島に上陸し甚大な被害を及ぼしたハリケーン「イニキ」の被害で、残念ながら今も閉鎖したままです。このハリケーンイニキが上陸した時、スティーヴン・スピルバーグが、たまたま映画ジュラシック・パークの撮影のためカウアイ島を訪れていたのは有名な話です。映画の撮影が数多く行われているカウアイ島は、シネグラ読者の皆さんには一度は訪れてもらいたい島です。ハワイにお越しの際は、是非足を伸ばしてみてください。
話を「ブルー・ハワイ」に戻しましょう。
結婚式のシーンでエルヴィスが甘〜い声で歌うのが、「ハワイアン・ウエディング・ソング」。エルヴィスの代表曲のひとつとしておなじみの曲ですが、それよりはるか前のビング・クロスビー主演「ワイキキの結婚」(1937年)の中で使われ有名になりました。この曲の作者は、1836年から活動を続けるロイヤル・ハワイアン・バンドのチームリーダー、チャールズ・E・キング。原題は「ケ・カリ・ネイ・アウ」、ハワイ語で“君を待つ”という意味を持つこの曲は、優雅で優しいメロディ・ラインで、いつまでも色あせずハワイで結婚式を挙げるカップルにピッタリのスタンダードナンバーです。


(Miyuki Homma)

追憶(1973年公開)
THE WAY WE WERE



現代にも通じる結婚の在り方を考えさせてくれる名作!
左翼とかフェミニズムという言葉の意味もわからない幼いころ初めてこの映画を観て、テーマ曲の美しい旋律と外見も環境も不釣り合いなカップルのほろ苦い恋愛に心を奪われたが、改めて観直すと、違った印象があった。

学生運動にのめりこむユダヤ人の貧乏女子学生ケイティ(バーブラ・ストライサンド)は、ハンサムで育ちもよくスポーツマンのハベル(ロバート・レッドフォード)に密かに憧れている。彼には美しい恋人もいて、ケイティにとっては手の届かぬ存在だ。ハベルの対比として描かれているケイティのボーイフレンド、フランキーを演じているのがジェームズ・ウッズだが、眼鏡をかけてひょろひょろで、レッドフォードの引き立て役に描かれていて、少し気の毒だ。
そんなケイティが大学を卒業し、ハベルに再会するシーンを観ていると男女の配置が逆ならよくある話だと思った。それぐらいレッドフォードが演じるハベルは、容姿だけが強調され、内面の魅力があまり描かれずに添え物的な役割になっている。
コンプレックスの塊であるはずのケイティは、酔っ払ってベッドに倒れ込んだハベルを前にして、驚くことに裸になって添い寝して、半ば強引に既成事実を作ってしまう。今でいう肉食女子的な行動だ。皮肉なことに翌朝ハベルは何も覚えていないのだが、このシーンこそケイティという女性の性格と強さをよく表していると思う。
結局二人は結婚をして、子供までもうけるが、信条の違いはハベルの仕事にまで影響を及ぼし、愛する気持ちは残っていても別れざるをえない。結婚とは、互いの気持ちだけでは成立しないという現実をたたきつけて物語は終わる。彼女は愛よりも信念を選んだのだろう。

最後に今回のテーマである「結婚」について。
実はこの映画もウエディングシーンは撮影されたようだが、そのシーンはカットされている。理由はさだかではないが、ケイティというフェミニズムにとりつかれた女性を描くときに、華やかなウエディングシーンはそぐわなかったのかもしれない。
フェミニズムという言葉がすたれつつある今、ケイティがもう少し肩の力を抜いて、ハベルがもう少し器の大きい人間で、それぞれが結婚という概念にとらわれなければ、2人は幸せに過ごせたのかもしれない。43年も前に作られていながら現代にも通じる結婚の在り方を少し考えさせてくれる映画でもある。


(Miyuki Homma)


チャンス商会 〜初恋を探して〜(2015年公開)
장수상회



さまざまな「愛」のカタチを描いた、これはあなたにも起こりえる物語 ──
70歳になるソンチルは、地元の小さなスーパーマーケット「チャンスマート」で働く独身のおじいちゃん。町が再開発計画ムードに沸くなか、ひとり反対して同意書に判を押さない偏屈者だ。孤独死も意識し始めた今日この頃、自宅の向かいに引越してきた58歳の花屋の女性店主グンニムの優しさが気になり始める。これが人生最後の恋かとドキドキするソンチルだったが、彼女への思いをうまく表現することができない。そんな様子を見かねたチャンスマートの社長や町の人々は、恋を成就させるため一丸となって応援することに。実はそこには “秘密”があった。ソンチルだけが知らない「やさしい嘘」の真相とは・・・

「両親への思いをこめて捧げた感謝の映画です」と語るカン・ジェギュ監督の代表作といえば、『シュリ』『ブラザーフッド』『マイウェイ 12,000キロの真実』など男クサさの頂点を極めた戦争映画ばかり。そんな骨太系の名匠がまさかの「愛」と「結婚」をテーマにした本作を発表し、これがまさかの涙腺大崩壊のピュアすぎるラブストーリーだったとは!
「初恋の思い出」とか「ご飯が炊けている怪現象!?」とか「息子ほどの年齢の社長による恋愛指南」など人情味あふれる伏線が要所要所に張られ、映画の途中から“ある秘密”にうすうすと感づいてしまうが、それでもラストは大号泣。韓国映画にしては珍しく極悪人がひとりも登場せず、主人公ふたりをとりまく人々はとにかく「愛」にあふれている。生まれた時から祖父母が家にいてくれる家庭で育ったので「おじいちゃん&おばあちゃん映画」にめっぽう弱いという“自分自身の伏線”があるにせよ、様々な感情が一気に押し寄せて、試写室に明かりが灯ってからもしばし席を立つことができなかった映画は本当に久しぶりだった。

【以下ネタバレ!】
ソンチルとグンニムが惹かれあうのは当然だった。二人はれっきとした夫婦なのだから。ただ、その事実をソンチルじいさんは覚えていない。チャンスマートの社長、花屋の美人店員──自分の子供の存在も今ではすっかり忘れてしまっていた。
鑑賞中、「あ!これは『やさしい嘘と贈り物』のリメイク版ではないか!!」と気づいた。17歳で書き上げた脚本を、24歳で初監督したニック・ファクラーの才能を見いだし、製作総指揮を買って出たのは、主演を務めたマーティン・ランドー自身だったという。映画を地でいく“やさしい絆”を知った時、再び涙が止まらなくなった。


(映画ライター 三輪泰枝)


マンマ・ミーア(2008年公開)
MAMMA MIA!



ABBAのヒット曲をもとに脚本が作られ、歌うイメージがない俳優が熱唱♪
ネットで検索すれば「自分の結婚式に、離婚した親を招待したい」という相談事は少なからず見つかる。欧米同様に離婚や未入籍が珍しくなくなった日本人の婚姻観だが、子供の結婚となれば別で、疎遠となっていた親としては式に招待されるか否か、出席するべきか断るべきか、気を揉むであろう。そんな感覚からすれば、この映画の舞台設定からして驚愕である。娘が母に内緒で、自分の結婚式に”父親かもしれない”男性を3人も招待するところから始まる。呼ぶ娘も娘なら、呼ばれた父親も父親。別れた彼女会いたさ、娘かもしれない子供見たさ、そんな気持ちではるばるアメリカやイギリスなどからギリシャまでやってくる。そして繰り広げられる父親探しと、焼けぼっくい状態の母を巡る元カレたちのドタバタ劇。果たして娘は無事に、本当の父親と念願のヴァージンロードを歩けるのか…。
ストーリーのみを追えば、あまりにありきたりな話。それをミュージカルにし、さらに映画化しただけにもかかわらず、ギリシャや英国では興行収入歴代1位を記録。2008年の全世界興行収入では6位となった。(公開時)日本でも興行収入26億円で2009年の洋画ランキング8位のスマッシュヒットとなった。ミュージカル映画は当たらないと言われる日本では大健闘である。要因としては、始めのミュージカルが全世界的に成功し、日本でも劇団四季が2002年より断続的に上演しており、作品の知名度が高かったからと言えるのではないか。(2016年8月から5回目の東京公演がスタートする)では、なぜミュージカルがヒットしたのか。ひとえに、全編に使われる楽曲を歌っていたABBAの人気ゆえであろう。1982年に解散してしまったABBAの現役時代を知らずとも、その曲を耳にしたことのある人は多いはずである。最近ではSF映画「オデッセイ」で使われたり、日本でもバラエティ番組などでBGMとして流れたり、そのキャッチーなメロディは色褪せない。ありきたりな話とは書いたがABBAの数々のヒット曲をもとに脚本が作られているため、当然ながらストーリー展開と曲がドはまりな訳である。
映画では母役にメリル・ストリープ、娘役にアマンダ・セイフライド、父親かもしれない役としてピアース・ブロスナンやコリン・ファースなどがキャスティングされている。歌うイメージがない人たちばかりだがちゃんと熱唱しているし、その意外性が映画版としては逆に功を奏したのかもしれない。中でも、実はオペラを習っていたというストリープの歌は必聴。踊りはさておき、本当に楽しそうに歌っている。そして味を占めたのか今年公開された「幸せをつかむ歌」ではミュージシャンを演じてロックしちゃっている…。
映画のラストは、ちょっと予想外ながら今どきのハッピーエンドで共感する人も多いかと。ちなみに、夫婦2組による4人のユニットABBAは、どちらも離婚し数年後に解散したのだった。


(あらんすみしぃ)



あゝ結婚(1964年公開)
MATRIMONIO ALL'ITALIANA MARRIAGE ITALIAN-STYLE



人生の明暗を分けるカギは、男女の結婚観の相違だった!?
ヴィットリオ・デ・シーカ監督、ソフィア・ローレン&マルチェロ・マストロヤンニ共演と聞けば、多くの人は悲恋映画の名編「ひまわり」(1970)を思い出すであろう。しかし、このトリオによる作品は他にもいくつかあり(デ・シーカが俳優として共演した作品も)、そのうちの1作が「あゝ結婚」(64)である。そもそも別監督作でもローレンとマストロヤンニの共演は数多く、夫婦や恋人を演じていることがほとんどで、実生活で結婚しなかったのが不思議なくらいである。
本作の中の二人はというと、見るからに優男のドメニコ(マストロヤンニ)と娼婦として文字通り体を張って生きてきたフィルメーナ(ローレン)の夫婦を演じている。夫婦と言っても内縁関係で、ドメニコはフィルメーナと長年連れ添っているにもかかわらず、彼女が娼婦だったことから女中扱いし結婚を拒んでいた。そのドメニコが若い女性との結婚が決まり浮かれまくっていたところ、フィルメーナが病気で死が迫っているとの報が入る。死の淵に立つフィルメーナを想い、最後の願いを聞き入れ結婚式を挙げるドメニコ。ところが病気は結婚するための嘘で、それを知ったドメニコが婚姻は無効だと訴える。それに対し、フィルメーナは密かに育てていた3人の子供のためだったと告白。さらに、子供の一人はドメニコの実子だとも。能天気に幼な妻を迎えるつもりだったドメニコにとっては、まさに青天の霹靂というべき展開に。
本作の原題は「イタリア式結婚」で、いかにもなイタリア男の滑稽なまでの恋愛観を皮肉りつつ、大和撫子ばりのイタリア女性の献身的な愛としたたかさを描いた悲喜劇である。こういう役をやらせたら右に出る者がいないマストロヤンニと、優しさと芯の強さを秘めた態度で彼に接するローレンははまり役。そういうイメージでキャスティングされるためか、どの共演作を見ても似たり寄ったりな二人の演技なのだが、ネオレアリズモの先駆者たるデ・シーカ監督としては、ちゃんと背景にこだわっている。「ひまわり」は<戦争>によって引き裂かれた愛と新たに生まれた愛の悲劇、本作は<戦争>の真っただ中に闇商売で儲けたドメニコと娼婦として生きるしかなかったフィルメーナの若き日々、というように<戦争>がいかに人生の明暗を分けるかを描写している。また、戦争だろうがなんだろうが、人々はその地で懸命に生きていくという逞しさも伝えようとしているのではなかろうか。
どの子供が自分の実子か知りたくなったドメニコの行動はあまりにバカバカしいが、そこから迎える大団円は観てのお楽しみ。観終わった後「あゝ結婚」という邦題がなんと絶妙かと感心するであろう。


(あらんすみしぃ)



余命1ヶ月の花嫁(2009年公開)



『みなさんに明日が来ることは奇跡です。それを知っているだけで、日常は幸せなことだらけで溢れてます。』 長島千恵
イベントコンパニオンをしている長島千恵(榮倉奈々)は、イベント会場で知り合った赤須太郎(瑛太)と交際を始める。恋人同士の二人。だが、千恵は乳がんに侵され、太郎の元を離れる。離れていった千恵を屋久島まで追いかける太郎は、そこで胸を切除した痕を見せられる。それでも太郎の千恵への思いは変わることなく千恵を抱きしめる。「千恵は千恵だ。」変化を恐れる千恵だが、お互い変わらないことを約束しあい…一緒に生きることを決意する。
回復に向かっていると思われたが千恵だが…乳がんを再発し、父・貞士(柄本明)と叔母・加代子(手塚理美)に医師から余命1ヶ月と告知される。
TVにてドキュメンタリーとして放送され、その後大反響を呼び、映画化された一人の女性の闘病生活を題材にしたノンフィクション物語。実話を基にした話だからこそ感じ入るものがあるのでは?涙なしでは観られない作品です。
突然自分自身が、恋人が、家族が病気になったらあなたはどうしますか?
筆者の話になってしまいますが、「がん」と「心臓病」の家系です。家族、私自身もそうなってしまう可能性が無くはないのです。遺伝から私は「もしも」の可能性が怖い。だからもし千恵のようになってしまったら千恵のように前を向けるとは思えない。少なからずその時二人のように変わらないでいる心の強さを持てたら…。
愛情と同情は似ているからこそ錯覚してしまう。太郎の中にあるのは本当に愛情だけだったのか?疑問に思う部分もありますが、彼の真っ直ぐさを信じてみたいですよね。そして「ウェディングドレスを着ること」は女性の憧れ。千恵はきっと、その夢は叶うことなくこの世を去るのだと思っていたのでしょう。そんな千恵にもその夢を叶えてあげようとする太郎の姿に心打たれました。ウェディングドレスを着て結婚式を挙げた時、千恵だけじゃなく周りの人間もその時だけは幸福に包まれていたのではないでしょうか。この映画を闘病生活を送る女性の物語ではなく、告知された一ヶ月の中で強く生きる女性と、その女性を支える男性の純愛の物語です。


(船田 歩)




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